忠別ダム

概要

旭川市郊外の忠別川に忠別ダムが計画された。忠別川流域の地質は、新第三紀中新世から第四紀にかけての火山活動の産物で特徴づけられる。さらにこれらを覆って第四紀の火砕流堆積物が分布する。

ダムの堤高が90mを超えることから、これらの地質の中で新第三紀中新世の安山岩溶岩をダム基礎岩盤と想定した。しかし、この安山岩は熱水変質作用を受けていることが想定されたため、ダム軸の選定にあたり、最初に熱水変質帯の調査が実施された。

その結果、忠別川流域は広域にわたり中性の熱水変質作用を被っており、変質の中心から外側に向かい、カリ長石ー絹雲母ー混合層鉱物ーモンモリロナイトの順で変質鉱物の組み合わせが確認された。なお、調査の進行に伴いアルーナイトーカオリンーモンモリロナイトの鉱物組み合わせを示す脈状の酸性の変質が重複していることが確認された。

ダムサイトは当初、上流、中流、下流の3案について検討された。上流案は変質の中心に近く基礎岩盤の変質が著しいこと、下流案は河床堆積物が60mと厚く、しかも左右岸には火砕流堆積物が分布し、止水上問題があることから除外された。ダム候補地点としては、基礎岩盤の変質粘土化が比較的弱く、河床堆積物も薄い中流案が採用された。

中流案の基礎岩盤は、モンモリロナイトを主とする中性の変質を受けており、新鮮な安山岩、色調変化でわずかに変質を確認できる安山岩、著しく粘土化し原岩組織を残さない安山岩まで変質粘土化の状況は多様である。一方河床部ではカオリンを主とする酸性の変質が重複している。中性の変質は広範囲に分布し、ついで酸性の変質が中性の変質に割って入った形態をなしている。

変質粘土化部の形態は、脈状あるいはそれらの網状集合体、層状に分布するものなどが存在した。これらの粘土化部は強度の低下が著しく、しかもモンモリロナイトを含むことから吸水膨張や乾湿の繰り返しによる劣化特性を有していた。中流案においてA軸、B軸、C軸、D軸の4案が比較検討された。右岸は尾根地形であり、各軸共通である。調査の結果、

施工開始後、岩盤掘削時にダム堤体掘削面の岩盤状況を観察し、事前の地質調査により想定した変質の規模・分布と掘削面で確認された変質の規模・分布についての比較が行われた。比較の結果、事前の調査結果と事後の観察結果に大きな相違はなく、事前の地質調査は妥当であったと判断された。

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忠別ダム位置

忠別ダム地質調査経緯

忠別ダムは多目的ダムとして昭和47年度より予備調査が実施され、昭和52年度より実施計画調査に移行した。建設着工は昭和59年度である。

表―1に予備調査、実施計画調査および建設時に実施された調査の概要を示す。

表―1 忠別ダム予備調査、実施計画調査および建設時の調査概要
年次ダム軸地質および岩盤の状況
S47以前ダム築造の
可否
河床部に河道方向の断層の存在。第四紀断層の可能性。
→河床部に断層は存在するが、第四紀断層の恐れはない。
S47~S51上流サイト
中流サイト
下流サイト
の比較
・上流サイト
  熱水変質を受け粘土化した安山岩がサイト全体に分布する。さらに右岸に地すべりが存在する。
・ 下流サイト
厚い河床堆積物と左右両岸に高透水の溶結凝灰岩が分布する。
・ 中流サイト
変質は上流サイトより弱く、河床堆積物も下流サイトより薄い。
→中流サイトを最有力サイトとして採用
S52~S58中流サイト
A軸
B軸
C軸
D軸
の比較
・A軸
左岸河床部が変質を受けている。
・B軸
河床部は良好。左岸高標高部に変質帯が存在する。
・C軸
左岸に変質帯が存在し、粘土化が著しい。
・D軸
  河床堆積物が厚い。左岸、河床ともに変質し、粘土化が著しい。
A-B中間軸河床部には規模の大きな変質帯は想定されない。
→A-B中間軸をダム軸として採用
S59~H2A-B中間軸・A-B中間軸
左岸には脈状変質が認められるが、平面的な広がりを持つ変質は認められない。
河床中央および右岸F-2断層付近に小規模な変質帯が存在する。
河床中央~左岸にかけ40mの河床堆積物が存在する。
H3~H4A-B中間軸
曲線軸
の比較
・A-B中間軸
左岸の変質は弱く、良好な岩盤が分布する。
河床部には変質した軟質部が存在する。上流に比較し、軸付近は岩盤評価が低い傾向にある。
河床部を上流に振った曲線軸が候補にあがる。
→施工性、経済性を加味し曲線軸を選定
H5~曲線軸H7より基礎掘削開始
 地質状況はおおむね調査結果と整合する。
 減勢工下流に変質の強い軟弱部が存在し、この軟弱部を避けた曲線軸の採用は適切であった。

ダム基礎地質検討委員会

ダム地質検討委員会の開催経緯

忠別ダムにおいては、厚い河床堆積物や変質した岩盤などの条件から、ダム基礎岩盤としての評価が困難であった。このため地質の諸先生をメンバーとする「ダム基礎地質検討委員会」が設置され、地質調査についてご指導を賜った。現地検討会は昭和58年から平成2年にかけて6回開催され、木村先生、芥川先生、徳山先生、歌田先生よりご指導を賜った。開催経緯は表―2に示すとおりである。

表―2 ダム地質検討委員会の開催経緯
開催日時出席の先生
第1回S58.10.24徳山先生、歌田先生
第2回S59.10.12木村先生、芥川先生、徳山先生、歌田先生
第3回S60. 7.17木村先生、芥川先生、徳山先生、歌田先生
第4回S60.12. 4木村先生、徳山先生、歌田先生
第5回S61. 9.17木村先生、芥川先生、徳山先生、歌田先生
第6回H 2. 5.24木村先生、芥川先生、徳山先生、歌田先生

ダム地質検討委員会の指導内容

ダム地質検討委員会において調査結果の指導と、以降の調査方針が策定された。その指導内容の詳細を以下に示す。なお第4回ダム地質検討委員会においてA-B軸が承認された。

① 熱水変質の分布

熱水変質は一般的には大きな熱源があり、熱水がそこから上昇して、脈状に生じ、末端では10~20cmにばらけて途切れてしまう。

このサイトでは、ダムサイト上流約500m付近に熱水の中心(域)があり、その延長は両岸奥部まで及んでいるようである。

また、河床部の変質は前記の変質域から派生したものと推定される。

これらは現場観察では

図―1 熱水変質模式図 クリックで拡大
図―1 熱水変質模式図

② 熱水変質の強弱

熱水変質が強いという内容には2とおりの言い方がある。

理学的には前者をいい、工学的には後者の場合が問題となる。

これらを具体的に表す指標として以下のものがある。

X線回折によりピークの強度を計測して、長石の残量を求めることにより変質の程度をはかることができる。この方法は当サイトのような酸性~中性変質に対して有効で、アルカリ性変質に対しては使えない。長石の含有量は岩石の強度に影響を与える。

モンモリロナイトの含有率と密度には相関がある。密度のみで云々するとたとえば珪化作用のように密度が大きくなることもあるので単純にはいえないが、チェックしながら行えば間違いはない。

岩石中にきらきら光っているので目視でわかる。酸化すると硫酸塩が生じる。多いほど変質が強い。

③ 変質の性状

このサイトには中性の変質と酸性の変質があり、中性の変質は上流側にその本体を有していて、比較的広域に発達し、ついで酸性変質が中性変質内に脈状に割って入ったような形跡を示している。

酸性変質はカオリナイト、アルーナイト、パイロフィライトからなっている。ダムサイトでの分布は右岸上流の露頭に見るようなEW方向の強い幅の広いゾーンとしては存在せず、弱い酸性のものが点在して(脈として)いる。これらはB15~B30(EW)、B43(NS)を除いて方向をきめるようなものはなく、規模も小さく、粘土鉱物自体も工学的に問題ないので、処理は容易と思われる。右岸奥部にはかなり大きな酸性変質があり、ほぼEWに分布し(B24、B33、B34)、下流の谷(沢)につながっている。

中性変質はN60~70°W方向が卓越していて、比較的幅の広いもの(B13、B38など)が認められるが、10~20mで途切れてしまうようなものであろう。中性変質はモンモリロナイト化していたり、モンモリロナイトの溶脱が進み岩石の比重が小さくなっていて、ダム基礎岩盤として問題が生じることがある。

④ ダムサイトとして

B9の地表に近いところにカオリナイトがみられ、風化変質の可能性がある。他は風化作質をあまり受けていないようである。

右岸断層(F-2)は水平ボーリング(B-43)の587m付近に現れているが、段差を示す地層もとらえていないので、規模は不明であるが、変質はあまりないので、時代的には変質時期より新しそうである。(F-2相当深度のコアは流失している。)

前述のとおり、このダムサイトは変質帯の末端に位置し、これより下流は河床断面が急変していること、および第四紀溶結凝灰岩にダムがアバットすることなどを考えあわせると、変質は受けてはいるもののダムサイトとしてはAB軸付近が適当なように判断される。

⑤ 今後の対応

ダムサイトの選定と広域地質

忠別ダムと北海道中央部の地質構造

北海道中央部の地質構造からみたダムサイトの広域地質の考え方については木村先生により、以下のようにまとめられている。

忠別ダム地点は北海道中央にある。したがって、その地質構造を理解するためには、中央部における地質構造区分が持つ意味と、そこでの地質構造形成史の概略についての知識を必要とする。

忠別ダムの西よりに南北に走る北海道中軸部には神居古潭帯、日高帯と、ほぼその中間に位置する名寄、上川、富良野盆地の構造性低地が認められる。一つの区域にいくつかの構造区が存在するとき、それらは一つの造山運動によって同時に形成されたと考えるのがふつうである。たとえば、神居古潭帯と日高帯とは、それぞれ、日高造山運動があったときの高圧型と高温型の変成帯であるとふつうに考えられてきた。しかしながら、神居古潭変成岩類は120Maの放射年代をもち、白亜紀最初期に形成したことが知られており、また下部白亜系(最下部ではない)の下部蝦夷層群に不整合に覆われていることが明らかになっている。一方、日高変成岩類とそれに関連のある花崗岩は40~30Maの放射年代をもち、中軸山地の西側で石狩層群や幌内層群が堆積した古第三紀に形成したことが明らかとなっている。

ふたつの変成帯の形成年代が大きく異なるので、これらが同一の造山運動で形成されたことはあり得ない。神居古潭変成岩類ができた区域、、すなわち神居古潭変成帯は、その後広く白亜系蝦夷層群、函渕層群に覆われた。白亜系最上部層の函渕層群堆積期、約60Maに、神居古潭変成岩類のある部分が、蛇紋岩類とともに隆起して地表に現れた。ふつうに神居古潭帯と呼ばれているのはこの部分であって、神居古潭変成帯よりずっと幅が狭い。

その構造方向は宗谷岬と浦河を結ぶ方向、すなわち北微西の方向である。構造帯としての性格は地塊隆起帯および固体貫入帯である。白亜系蝦夷層群のみならず、古第三系石狩層群、幌内層群分布区の地下には部分的に神居古潭帯が、また広く神居古潭変成帯が分布しているはずである。

古第三紀には日高山脈に日高変成帯と花崗岩貫入区、北海道北東部では変成帯を欠いて花崗岩貫入区が生まれている。これらは一括して日高帯と呼ばれているが、北海道北東部では日高層群が褶曲帯を作っているもので、変成帯である日高山脈とは構造帯としての意味を異にする。このふたつの区域は構造方向をも異にし、日高山脈地区では神居古潭帯に平行であるものの、北海道北東部では明らかに斜交しており、北微東である。

士別の南東に当たる名寄盆地東側の丘陵地では神居古潭変成岩と密接な関係をもつ空知層群に属する岩石と日高帯の花崗岩とが混在して分布する。形成期の若い花崗岩が古い空知層群中に貫入したものとみられる。そして北端部の浜頓別地区にもこれに似た混在があり、これから旭川付近まで神居古潭/日高漸移帯が認められる。日高山脈では日高変成帯の西縁に中新世に生じたとみられる大衝上断層が存在するので、この漸移帯は認められない。北海道北半において、日高帯と神居古潭帯とは、その境界がふつう点線で示されている。その表現は、日高山脈の日高変成帯の西縁にみられる衝上断層の延長としての大断層が北海道北半にもあるけれども、現在まで露頭において認められていないという印象を与える。しかしながら先に述べたように北海道北半では、ふたつの構造帯の間に、このような断層を欠いて、漸移帯がある。この漸移関係は、士別から東に岩尾内ダムまでのルートを調査すると明らかとなる。すなわち、士別に近いところには空知層群が分布し、それより東にあって日高帯であることが明瞭な地域には、その上にのる日高層群が分布するが、ふたつの地層は一緒に褶曲していて、両者の間に大断層がないことが観察できる。

中新世初期には、少なくとも17Maには、中部北海道には東部と同様に千島弧に平行の構造が少なくとも地下深くに生じたとみられる。しかし、南北性の神居古潭帯と日高帯の地殻構造が強固にできていたためか、地表においては南北性構造運動の影響が現れてはいるものの、千島弧に平行の東北東の構造は地殻変動にも火山活動にも明瞭に現れていない。

中新世後期になって10Ma頃になると、千島弧に平行な火山帯がやや明瞭となる。地質構造としても北見市付近その他で上部中新統の分布に東北東―西南西の構造の片鱗が認められるものの著しく明瞭でない。「上支湧別構造帯」をそれに充てる考えがあるが、その実体は明らかではない。なお、「上支湧別構造帯」という場合の構造帯は断層の集合体につけられたものであって、変成帯、褶曲帯、貫入隆起帯、地塊隆起帯とはそれぞれ意味を大きく異にする。

後期中新世の初め頃、10Maの頃に、またそれ以後第四紀にかけて北海道中央部で顕著に認められるのは、北海道中軸山地や佐呂間―北見市・浦幌地累の南北性の隆起地塊構造であって、これらの東西両側に稚内層ないしはそれより若い地層が堆積している(北見市・浦幌地累に広く分布し、かつて中新世後期層と考えられていた地層は、現在では古第三系であることがわかっている)。

名寄、上川、富良野盆地をつなぐ南北性構造低地西縁をなす直線的構造は、稚内層堆積直前に形成したものである。この南北性構造は、この地域では神居古潭帯の東縁に近いところを走るが、これに類縁の構造は北海道南部では東によって日高山脈の東縁よりも東にあったとみられる(南北性の第四紀断層の活動がこれに沿って起こったところが、富良野付近と帯広付近にある。これら第四紀断層も日高山脈の東側すなわち帯広付近のものは富良野付近のものよりずっと東にずれている)。すなわち、10Maの頃より後の時代の北海道中軸山地の隆起は、神居古潭帯とも日高帯とも厳密には平行しておらず、これらに斜行している。北海道の最北端の宗谷岬が神居古潭帯に近いところにあり、南に突出した襟裳岬は日高帯に位置するのはこの故による。以上のことからわかるように、旭川―富良野盆地付近にみられる南北構造のうち、新第三紀およびそれ以降に活動したものは、日高帯とは直接的な関係を持たない。したがってこれを日高構造帯とは呼び得ない。北海道北半において、日高帯が北微東の構造をもち、これら新第三紀の南北構造とわずかではあるが明瞭に斜行することからも、このことが確実にいえる。

以上のほかに、忠別ダム付近にはその影響が明瞭に現れていないものの、古第三紀末期から中新世初期の紅葉山層、滝ノ上層堆積期の地殻変動(古第三紀末期、中新世最初期には有名な南部石狩炭田の大おしかぶせ断層群の形成がある。)、中新世中期の川端層堆積期の地殻変動(モラッセ型、すなわち造山運動堆積物といわれてきた粗粒堆積物の供給源となった隆起帯を作った。実際には大きな隆起帯であったとは思われない。)など異なる性格の地殻変動がある。このように複雑なヒストリーがみられるので、サイトの構造を、サイトを含む広い地域においてメインの構造とされているものと関連づけるには慎重な配慮を必要とする。

ダムサイト周辺の地質

忠別川流域の地質は、新第三紀中新世~第四紀にかけての旺盛な火山活動の産物で特徴づけられる。

ダムサイトには、大雪基底・外縁火山噴出物に相当する安山岩質火山岩類が広く分布するほか、これを覆う新規の溶岩、溶結凝灰岩等が分布している。これらの火山岩類は、下位から中新世の輝石安山岩類、更新世の十勝溶結凝灰岩に区分できる。また忠別川沿いには、段丘堆積物、崖錐堆積物、河床堆積物などの未固結層が分布する。

ダムサイト周辺の地質図を図―2に示す。

図―2 ダムサイト周辺の地質図 クリックで拡大
図―2 ダムサイト周辺の地質図

ダムサイト周辺における変質

ダムの堤高が90mを超えることから、上述の地質の中で新第三紀中新世の安山岩溶岩をダム基礎岩盤と想定した。しかし、この安山岩は熱水変質作用を受けていることが想定されたため、ダム軸の選定にあたり、最初に熱水変質帯の調査が実施された。その結果、忠別川流域は広域にわたり中性の熱水変質作用を被っており、変質の中心から外側に向かい、絹雲母ー混合層鉱物ーモンモリロナイトの順で変質鉱物の組み合わせが確認された。さらに、アルーナイトーカオリンーモンモリロナイトの鉱物組み合わせを示す脈状の酸性の変質が重複していることが確認された。

歌田(1980)の分類(表―3)によれば、広域的な変質はⅡa2型に相当し、脈状の変質はⅠa3に相当する。

当地域の中性の変質に出現する混合層鉱物は雲母/スメクタイト混合層鉱物である。混合層鉱物を構成する雲母とスメクタイトの量比は、変質時の温度勾配の傾向を示しており、雲母の量が多いほど変質の中心に近いと考えられる。雲母とスメクタイトの量比と計画ダムサイトの関係を図―3に示した。

雲母/スメクタイト混合層鉱物における雲母の含有量は、中流サイトにおいて10%程度であるが、上流サイトにおいては80%程度となる。雲母とスメクタイトの量比を比較すると、上流サイトの方が下流サイトに比較し、雲母の量が多いことを示している。このことは上流サイトの方が中流サイトと比較し、より高温であったことを示しており、変質の中心は上流サイト方向にあったと想定される。

表―4 熱水変質の累帯分布(歌田1980) クリックで拡大
表―4 熱水変質の累帯分布(歌田1980)
図―3 雲母/スメクタイトの量比とダムサイト位置の関係 クリックで拡大
図―3 雲母/スメクタイトの量比とダムサイト位置の関係

この傾向は当地域で実施されたCSAMT法による電磁探査の結果にも示されている。CSAMTの解析結果、上流サイト付近において、この地域の基盤である先第三紀の粘板岩が上昇しており、この粘板岩の上昇地域を中心に低比抵抗を示す変質帯が分布していることが判明した。この変質帯は、当地域に認められる中性の変質に相当すると考えられる。

このことは基盤の上昇が熱水変質作用に関与したことを示唆しており、基盤の上昇の少ない下流サイトにおいては、上流サイトと比較して熱水の活動は少なかったと想定される。

CSAMT法により解釈された地質断面を図―4に示す。

図―4 CSAMT法により推定された地質断面 クリックで拡大
図―4 CSAMT法により推定された地質断面

ダムサイトの選定

ダムサイトは当初、上流、中流、下流の3案について検討された。上流案は変質の中心に近く基礎岩盤の変質が著しいこと、下流案は河床堆積物が60mと厚く、しかも左右岸には火砕流堆積物が分布し、止水上問題があることから除外された。ダム候補地点としては、基礎岩盤の変質粘土化が比較的弱く、河床堆積物も薄い中流案が採用された。

中流サイトの地質とダム軸の選定

ダムサイトの地質

ダムサイトの地質は、おもに新第三紀中新世の陸上火山活動によるとみられる3層の溶岩(下部溶岩、中部溶岩、上部溶岩)と2層の火砕岩層(下部火砕岩層、上部火砕岩層)からなる輝石安山岩類によってしめられている。これらの輝石安山岩類は、ダムサイト河床部右岸をE-W方向に横断する断層により、右岸部と、河床~左岸部に分離され、大局的には右岸が走向NE、傾斜NW、河床~左岸部は走向NNW、傾斜Wの構造を示す。左岸部にはE-W方向に伸張する独立した盆状構造もみられ、そこには火山円礫岩や泥岩等の堆積岩が分布する。

①下部溶岩

下部溶岩は4層に区分できダムサイト全域、特に河床部に広く分布する赤灰色~暗灰色の比較的均質な輝石安山岩溶岩で、岩質は下部の緻密質岩から上部のガラス質岩へと漸移的に変化する傾向がみられる。河床部右岸側から左岸側にむけ、下位から暗灰色、緻密、塊状,堅硬な塊状溶岩(AL1)、暗灰色、緻密な安山岩と赤褐色~黄褐色多孔質安山岩が交互した縞状流理を示す縞状溶岩(AL2)、赤褐色多孔質な多孔質溶岩(AL3)淡灰~白色の脆弱なガラス質岩で、不均質に角礫化する真珠岩溶岩(AL4)の4層である。

②下部火砕岩層

下部火砕岩層は両岸の河床レベル以下に分布する。下位から、灰~赤色緻密質安山岩と異質の白~緑灰色変質安山岩、泥岩砂岩等の破砕片からなる火山角礫岩層(TL)、おもに灰~淡灰色安山岩ガラスの構造片からなり、火山円礫岩から泥岩まで漸移的に変化する礫岩砂岩層(S)、泥岩層(M)、淡緑~黄白色輝石安山岩軽石、粗粒結晶片、赤褐~緑灰色微細凝灰物等の構成破片からなる溶結凝灰岩(W)の4層である。

③中部溶岩

中部溶岩(Am)は左右岸の河床レベル以上に広く分布し、淡灰~赤灰色の輝石安山岩溶岩で、岩質は下部溶岩に類似するが、全体に縞状流理が発達し小型斑晶を多含する点が異なる。流理は上部ほど、また厚層が厚いほど著しく、下部は塊状~自破砕状で、異質岩片を多く捕獲する。そして、基底部の一部には、下部溶岩最上部と同一の真珠岩組織を持つものもある。

④上部火砕岩層

上部火砕岩層は両岸尾根部に分布し、白~淡灰色でスランプボール様泥岩を含む安山岩質凝灰岩~火山角礫岩(Tu)、や軽石凝灰岩(P)からなり、外観は下部火砕岩層に類似する。しかし構成破片、特に粗粒破片の大半が上部溶岩と同質の輝石安山岩であることや、溶結層を伴わないこと、さらに基質部の粘土化が下位層より強いことが異なる。

⑤上部溶岩

上部溶岩(Au)は、左右岸高標高部に分布し、暗灰色、緻密、均質な塊状安山岩からなる。岩質は下部溶岩の塊状溶岩と肉眼的に類似するが,鏡下では、石基がハリ基流晶質で明らかに異なる。これらの輝石安山岩類は、モンモリロナイト、カオリナイト、アルーナイト等からなる中性~酸性の変質作用を受け、層状~脈状の変質帯が形成されている。なお低地の表層部には、未固結の礫、砂、シルト等からなる段丘堆積物(tr)、崖錐堆積物(dt)、現河床堆積物(a)が分布する。

ダムサイトの地質を図―5に示す。

図―5 忠別ダムダムサイトの地質 クリックで拡大
図―5 忠別ダムダムサイトの地質

水平ボーリング(コントロールボーリング)

忠別ダム河床部基礎岩盤の変質構造は70~80°の急傾斜をなすことから、従来の垂直ボーリングによる調査では変質帯に遭遇する機会も少なく、遭遇したとしても点としての情報しか得られなかった。このため変質構造の全容の解明はきわめて困難であった。しかも河床部は厚い砂礫層に覆われているため、垂直ボーリング長の1/2~1/3は砂礫層を掘削することになり、非効率であった。

ダム基礎岩盤の地質調査としては、変質帯の水平方向の広がりの把握が不可欠であった。

このため河床部における連続トレンチ掘削と同様な効果を有する水平ボーリングを実施した。水平ボーリングは左岸から右岸にかけて砂礫層直下の岩盤中を630m掘削した。ボーリングは先端コントロールにより、岩盤内で掘削方向を変化させた。ボーリングは傾斜45°で掘削を開始し、先端のビット部にくさびを挿入することにより、順次掘削角度を緩くする工法を採用し、河床砂礫下の岩盤をオールコアで掘削した。

掘削方法をコントロールする水平方向ボーリングは、ダムの地質調査において前例のない手法であった。このため当初は、必要性について多くの疑問が提示された。しかし変質帯および断層部のコアを連続的に採取することができ、変質帯の規模や構造を初めて正確に判断することが可能となった。熱水変質で特徴付けられる忠別ダムの基礎岩盤の地質は、この水平ボーリングにより初めて明らかになったといっても過言ではない。

水平ボーリングにより得られた地質断面を図-6に示す。水平ボーリング掘削以前に想定された図―5の地質断面図と比較すれば、その精度の差異は明瞭である。

図―6 水平ボーリングにより得られた地質断面図 クリックで拡大
図―6 水平ボーリングにより得られた地質断面図

ダムサイトにおける変質

中流サイトにおける変質帯の形態は、原岩の岩相や地質構造に規制されている。緻密な塊状溶岩や縞状溶岩中では、変質形態は脈状あるいはそれらの網状集合体として存在する。また空隙にとみ、変質帯形成時に地表近くに位置した多孔質溶岩や真珠岩溶岩中では、上方に開いたロート状あるいは層状に広がった分布を示している。また火砕岩中では、堆積構造に沿って層状に分布している。ダムサイトの変質帯から、絹雲母、混合層鉱物、モンモリロナイト、アルーナイト、カオリンなどの鉱物が検出され、鉱物組み合わせから、酸性および中性の変質帯に区分された。

①中性の変質帯

絹雲母、混合層鉱物、モンモリロナイト、石英、クリストバライトなどで特徴づけられる変質帯であり、中流サイト全域に分布する。中性の変質帯は、緩速かつ長時間の溶液の移動を反映し、変質は広範囲に及び、しかも岩盤内部まで深く浸透している。このため中性の変質が岩盤強度の低下に及ぼす影響はきわめて大きい。

ダムサイトでは、左岸上流側とくにC軸およびD軸付近において、絹雲母ー石英、絹雲母ー混合層鉱物の組み合わせが顕著に認められる。これらの鉱物組み合わせの認められる場所は、大部分が強粘土化帯となっている。モンモリロナイトークリストバライトの組み合わせは、中流サイト全域に認められる。この鉱物組み合わせの認められる場所は、著しく粘土化し原岩組織を残さないものから、色調変化で変質を確認できるものまで、変質の程度は様々である。

これらの変質帯の方向はN~SまたはE~Wが卓越している。連続性は10~20m程度である。

②酸性の変質帯

アルーナイト、カオリン、モンモリロナイト、クリストバライトなどで特徴づけられる変質帯である。主に河床部に分布し、30cm以下の脈状を示す。酸性の変質帯は急速な溶液の移動を反映し、変質の及ぶ範囲は溶液の通路近傍に限定される。このため岩盤強度の低下に及ぼす影響は、中性の変質と比較し少ない。

ダムサイトに認められる変質は、肉眼的にみて褐色変質、赤色変質、灰色変質、緑色変質、白色変質に分類可能であった。このうち褐色変質は風化に伴うものであり、変質区分からは除外した。肉眼観察による変質の色別区分に出現する特徴的な鉱物の組み合わせを表―4に示す。鉱物組み合わせから、赤色、緑色および灰色変質は中性の変質に、白色変質は酸性の変質に対応する。

表―4 変質区分と鉱物組み合わせの関係
変質区分\変質鉱物赤色変質緑色変質灰色変質白色変質
赤鉄鉱
黄鉄鉱
オパール
モンモリロナイト
カオリン
アルーナイト

肉眼観察による変質の色別区分ごとの変質形態と分布を表―5に示す。

表―5 変質帯の区分ごとの変質形態と分布
赤色変質緑色変質灰色変質白色変質
溶液の性質中性中性中性酸性
形態溶岩の構造に調和的(層状)溶岩の構造に調和的(層状)
一部割目に沿う
(脈状~網状)
溶岩の構造を切る(脈状、網状)
溶岩の構造に調和的(層状)
溶岩の構造を切る、破砕に伴う(脈状、網状)
方向流理に沿う流理に沿う
一部割目に沿う
E~Wまたは
N~S
E~Wまたは
N~S
分布左岸河床部
(AL3~4)
河床中央~左岸
(AL2~3)
河床中央~右岸
(AL1~2)
火砕岩(Tu,TL)
河床部
(AL1~4)

脈状の変質は、連続性のある割れ目沿いに上昇してきた熱水により形成されたものであり、急角度のものが多く方向はE~WまたはN~Sが卓越する。

脈状変質は上昇してきた熱水が溶岩の割れ目に沿って浸透したものであり、不規則に分布する。局所的であることが多く、連続性に乏しい。

このように忠別ダムにおいては、肉眼観察による変質の色区分が変質の性状や岩盤に及ぼす影響を反映している。このため、以後の変質帯の調査は、便宜的に肉眼観察による変質の色別区分に基づいて行われた。河床部における色区分に応じた変質の分布を図―7および図―8に示す。

図―7 変質区分平面図 クリックで拡大
図―7 変質区分平面図
図―8 変質区分断面図 クリックで拡大
図―8 変質区分断面図
写真―1 ボーリングコアに認められる白色変質脈 クリックで拡大
写真―1 ボーリングコアに認められる白色変質脈

ダム軸における3次元的な変質構造を図―9に示す。

ダム軸の選定

中流案においてA軸、B軸、C軸、D軸の4案が比較検討された。右岸は尾根地形であり、各軸共通である。調査の結果、

図―9 ダムサイトの地質と変質分布 クリックで拡大
図―9 ダムサイトの地質と変質分布
図―10 中流サイトの地質とダム軸の関係 クリックで拡大
図―10 中流サイトの地質とダム軸の関係

岩盤の評価

忠別ダムの基礎岩盤はモンモリロナイトを主とする中性の変質を受けており、新鮮な安山岩、色調変化でわずかに変質を確認できる安山岩、著しく粘土化し原岩組織を残さない安山岩まで変質粘土化の状況は多様である。一方河床部ではカオリンを主とする酸性の変質が重複している。中性の変質は広範囲に分布し、ついで酸性の変質が中性の変質に割って入った形態をなしている。

変質粘土化部の形態は、脈状あるいはそれらの網状集合体、層状に分布するものなどが存在した。これらの粘土化部は強度の低下が著しく、しかもモンモリロナイトを含むことから吸水膨張や乾湿の繰り返しによる劣化特性を有していた。このため、ダム基礎としての岩盤強度の評価において、変質の要素を加味することが重要であるが、忠別ダムのようなハイダムにおいて岩盤分類に変質の要素が取り込まれた例は少なく、岩盤分類に苦労した。

忠別ダムにおける岩級区分は従来のダムと同様に、岩石の硬さ、割れ目の間隔、割れ目の状態の3区分要素に基づいて実施された。これらの区分要素のうち、岩石の硬さと割れ目の状態に変質の影響が盛り込まれた。忠別ダムにおける岩級区分の概念を図―11に示す。

図―11 忠別ダムにおける岩級区分の要素 クリックで拡大
図―11 忠別ダムにおける岩級区分の要素

忠別ダムにおいては変質が岩盤に与える影響について、

① 岩石自身の変質

② 亀裂沿いにおける変質脈の取り扱いの2点から検討された。

① については従来行われている肉眼観察結果とハンマーによる打撃による評価を主とした。岩石の硬さは、Ⅰ:非常に硬質、Ⅱ:硬質、Ⅲ:やや軟質、Ⅳ:軟質に4分類したが、変質の程度では非変質、弱変質、中変質、強変質にそれぞれ対応する。硬さ区分Ⅰに対応する岩石強度は50MPa以上、硬さ区分Ⅱに対応する岩石強度は50~20MPa、硬さ区分Ⅲに対応する岩石強度は20~10MPa、硬さ区分Ⅳに対応する岩石強度は10MPa以下であった。

② の割れ目沿いの変質については、割れ目沿いの変質はない→割れ目沿いの変質は少ない→割れ目沿いに頻繁に変質が認められる→割れ目沿いに変質粘土脈が介在する、といった順序で岩盤の脆弱化が進行している。これらの状況を従来の割れ目状態の評価に加味し、割れ目の状態の評価とした。忠別ダムにおける岩級区分要素を図―3に示す。

図―12 忠別ダムにおける岩級区分要素 クリックで拡大
図―12 忠別ダムにおける岩級区分要素

この岩級区分基準を試掘横坑、トレンチ、ボーリングコアに適用し、ダム基礎岩盤の岩級区分を行った。

この岩級区分に基づいて各等級区分を代表する場所を選択し、試験位置とした。これらの位置において原位置せん断試験を行った。試験結果を破壊点応力図として図―13に示す。

原位置せん断試験結果から当初区分を微修正の上、ダムサイト全域に適用することによりダム基礎岩盤の岩級区分を実施した。

図―13 破壊点応力図 クリックで拡大
図―13 破壊点応力図

基礎岩盤掘削後の評価

掘削面の地質

ダム基礎岩盤掘削面の地質および変質の詳細観察は、コンクリートダム部(6~21BL)について行われた。

右岸から左岸にかけての掘削面の地質は下部溶岩からなり、縞状溶岩(AL2)、多孔質溶岩(AL3)、真珠岩溶岩(AL4)の順序で分布する。これらの分布状況は、事前に水平ボーリングにより把握されたとおりであった。さらに左岸側、ダム取付け部においては、下部火砕岩を構成する火山角礫岩(TL)、溶結凝灰岩(W)、ついで中部溶岩(AM)の順序で分布する。これらの地質分布は、いずれも事前の地質調査で想定されたとおりであった。

掘削面の変質状況

6-2 掘削面の変質状況

掘削面における岩盤の変質状況を変質区分別に表―6に示す。

表―6 変質帯の区分ごとの分布状況
赤色変質緑色変質灰色変質白色変質
溶液の性質中性中性中性酸性
特徴的な鉱物赤鉄鉱、モンモリロナイトオパール、モンモリロナイト黄鉄鉱、オパール、モンモリロナイトオパール、カオリン,アルーナイト
分布全体的に分布。
15BLより左岸側で顕著。
亀裂沿いに全体的に分布。
風化部は黄褐色~褐色を呈する。
6~11BLの上流側に分布。
脈状~網状の形態を示す。
9~11BLの下流側および16BLに分布。
劣化状況長時間の放置によっても岩石の強度は低下しない。数日の放置により岩石は軟質化する。数日の放置により岩石は細粒化する。数日の放置により岩石は軟質化する。

地質調査時に想定した岩盤の変質と岩盤掘削後の掘削面の変質状況の比較を、表―7 に示す。

写真―2 ダム左岸岩盤の変質状況(緑色変質+赤色変質+白色変質) クリックで拡大
写真―2 ダム左岸岩盤の変質状況(緑色変質+赤色変質+白色変質)
写真―3 ダム左岸岩盤の変質状況(緑色変質) クリックで拡大
写真―3 ダム左岸岩盤の変質状況(緑色変質)
表―7 調査時変質帯の想定と掘削時の観察結果の比較
調査時の想定掘削後の評価
下部溶岩
(AL3~AL4)
・赤色変質が上位の下部溶岩(AL4)との境界部に発達する。
・白色変質、緑色変質が脈状~網状に発達する。
12BL~16BLにかけてE-W方向に亀裂が発達しており、亀裂周辺に変質がおよび、岩盤は軟質化している。
・白色変質は16BL~17BLにおいて脈状~網状に顕著である。
・白色変質は減勢工下流部において著しい。
想定との一致点
・赤色変質が上位の下部溶岩(AL4)との境界部に発達する。
・白色変質、緑色変質が脈状~網状に発達する。
・白色変質は16BL~17BLにおいて脈状~網状に顕著である。
・ 白色変質は減勢工下流部において著しく、岩盤が軟質となっている。

想定との相違点
・ 16BL~19BLおよび21BLにかけて白色変質、緑色変質が認められる。変質は強く岩全体におよんでいる。変質脈の主方向はN-S方向である。
・ 9BL~11BL上流側において灰色変質が著しく、亀裂沿いに網状に認められる。方向はE-Wである。
下部溶岩
(AL4)
・赤色変質が岩全体におよぶ。
・白色変質、緑色変質が脈状~網状に発達する。
・白色変質は減勢工下流部において著しい。
想定との一致点
・赤色変質が岩全体におよぶ。
・白色変質、緑色変質が脈状~網状に発達する。
・白色変質は下流側において著しい。
・8BL~9BL下流減勢工部において白色変質が著しく、変質が岩全体におよび軟質化している。

想定との相違点
・8BL~9BLおいて、脈状~網状の灰色変質が認められた。特に8BL上流側において著しく、岩全体に及んでいる。
図―14 岩盤掘削面の変質状況(減勢工) クリックで拡大
図―14 岩盤掘削面の変質状況(減勢工)
図―15 岩盤掘削面の変質状況(ダム軸) クリックで拡大
図―15 岩盤掘削面の変質状況(ダム軸)

地質調査時に想定した岩盤の変質と岩盤掘削後の掘削面の変質状況の比較検討結果は以下のとおりである。

ダム軸をA-B中間軸からA-B曲線軸に変更する要因となった減勢工下流部の強い白色変質は、事前の想定のとおり出現した。この白色変質は特に顕著であり、岩盤を軟質化していることも当初から想定していたとおりであった。この軟質部分を回避するため、ダム軸をA-B中間軸からA-B曲線軸に変更したことはきわめて適切であったといえる。

また、河床部に分布する下部溶岩中の変質帯の方向はE-WおよびN-Sであるが、主たる方向は河床右岸部に存在する断層の方向、すなわちE-W方向と想定していた。図―15 岩盤掘削面の変質状況(ダム軸)

大部分の変質帯の主たる方向は、想定のとおりE-W方向であった。しかし、16BL~19BLおよび21BLにおいて、酸性変質の主たる方向はN-S方向であり、E-W方向は従であった。

この部分において主従の関係は逆であったが、岩盤の評価については事前の評価に変更を加える必要はなかった9BLにおいて灰色変質が事前の想定より広範囲におよんでいたなどの点を除けば、地質調査時に想定した岩盤の変質状況と掘削面の変質状況の観察結果に大きな相違点は認められなかった。

このように事前の地質調査結果と事後の観察結果に大きな相違点はなく、事前の地質調査は適切に実施されたと判断される。